音楽の友
2006年2月号
スカラ座の新シーズン開幕
周知の通り昨シーズン途中でムーティが去りフォンターナも辞任して、リスネル体制になってから、この12月7日のシーズン開幕がスカラ座にとっては本当の再出発になる。演目はモーツァルト《イドメネオ》。2006年の生誕250周年を見据えての選択である。だが最も注目を集めたのは、何と言っても指揮者のダニエル・ハーディングであった。まだ30歳そこそこの若者がスカラ座の開幕の指揮台に立つなどというのは、なんとトスカニーニ(当時31歳)以来だという。それだけでも大いに注目されるのに加えて、昨年のゴタゴタから立ち直ったことを内外に示さなければならない重要な機会とあれば、彼の肩に、いや棒にかかるプレッシャーたるや察して知るべしである。それだけに、本番が近づくにつれて練習にも異様なほどの熱気があったという。しかしそれもただの緊張ではなく、楽員や歌手たちの間には、共に音楽を作る喜びが溢れていたそうだ。つまり、皆がこの若い熱血漢の指揮者を迎えて、スカラ座が新しい歴史を刻み始めたことを感じていたのである。本人も新聞のインタヴューで「若きトスカニーニのようだって? 僕はもっと優しいですよ!」と答えている。
昨年のムーティとの関係が悪化し辞任の原因にもなったオーケストラの楽員たちも、ハーディングには好意を持っているようだ。それは、彼がただ「熱い」だけでなく、その若さにもかかわらず、《イドメネオ》のような複雑なオペラをどのように扱うかについて、はっきりとしたアイディアを持っていることであった。現時点で素晴らしいし、将来大いに期待されるということだ。すでに彼はイタリアのメディアからも「Tシャツで稽古をするマエストロ」として紹介され、それがまた新鮮な印象を与えている。聴衆も、ムーティが去った後の英雄の出現を願望しているのだ。今回の成果を見る限りでは、彼はその資質を十分持ち合わせていると言えよう。序曲が終わった時、その洗練されたヴァイタリティに感心して隣に座っていたイタリア人の友人に「このまま成長すればアバドのようになるぞ」と漏らすと「そりゃそうさ、アバドの弟子だからね」という答。あ、そうだったか、とようやく気づいたのだった。
さてこの《イドメネオ》、物語はそれほど複雑ではないが、音楽的には困難な作品だ。特にイドメネオ役のテノールには大変高度なテクニックが要求される。この難役を演じたスティーヴ・ダヴィスリムは、技術的には不安を感じさせず見事に最後まで歌いきったが、声の質にはやや芯がなく、好みの別れるところだろう。イドメネオの息子イダマンテ役のモニカ・バチェッリは、久しぶりにスカラに登場したのではないか。女声の男役という難しさをうまく克服していた。またその恋人役のカミラ・ティリングは、声はそれほどでもないが、ドラマの中での役割をしっかりと捉えていた。
ということで全てがよかったかというと、残念ながらそうではなく、リュック・ボンディの演出にはブーイングも出た。クレタ島を舞台にした劇は、すべて何もない浜辺で展開し、舞台装置も始めから終わりまでほとんど変化がないので、やはり飽きてしまう。また衣装も現代風というか、1950年代のような、今ひとつはっきりしないデザインである。それでも12分間の拍手があったのは、スターはいないが充実しよくまとまった歌手たちの努力と、ハーディングの魅力ある音楽のお陰であった。「瑞々しい」とか「溌剌とした」といった形容が似合う音楽であった。そのリズム感覚はロックからインスピレーションを受けているという楽員もいるが、まずは好スタートのスカラ座、シーズンの成り行きに注目したい。
野田 和哉
朝日新聞
25 August 2005
南仏のエクサンプロバンス音楽祭は様々なオペラの上演と若手の育成をメーンに捉えたフェスティバルだ。今年、オペラの出し物五つの中で特に大きな注目を集めたのは、パトリス・シェローの演出によるモーツァルトの「コジ・ファン・トゥッテ」である。
シェローが久々に手がけたオペラは、期待に違わず刺激に満ちたものだった。舞台正面奥の壁面には、大きく赤いインクで記された「禁煙」の文字。劇場の舞台裏をセットに組み、ステージの表と裏を反転させた上で、2組のカップルがねじれてクロスする恋のゲームの物語をそこに展開する。さらに、客席の通路も縦横無尽に使い、文字通り、会場全体を一瞬にして演劇空間へと変容させた手腕は、卓抜だ。
芝居を客席から隔絶された舞台に閉じ込めることなく、大きく開かれたものへ広げていくシェローの演出は、一方、実際の上演では、時に劇場内に点在する歌手たちの間のアンサンブルを困難にするという側面をも併せ持つ。ただ、彼が造りだす多層的は小宇宙の圧倒的な力が、音楽と演劇を結びつけ、さらに客席と一体化させるというオペラの本質に深く根ざしたものであることは、見逃せない。
音楽面では、ダニエル・ハーディングの繊細でシャープな指揮が、マーラー室内管を力強く統率したのみならず、演劇的な流れ、呼吸をも巧みにとらえ、大きな成果を上げた。加えて、B・ボニーのデスピーナ、そしてR・ライモンディのドン・アルフォンソが、若手中心のキャストを引き締めた。
岡部 真一郎
Il Giornale della Musica
July 2003
ハーディングはモーツァルトの演劇のメカニズムを熟知していた。この音楽に新鮮さが現われるのを許容し、ドイツ的な「シンフォニスモ」とイタリア的コミック作品にある典型的なウィットの融合を明白にして、フォルテピアノとビューグルの音色を有利に生かした。
Gianluigi Mattietti
Opera News
April 2003
ハーディングのテンポは速かったが、オーケストラから透明感を引き出した。
Jeffrey Leipsic
The Observer
1 September 2002
寒気がして血が凝結するようなブリテンのねじれと回転は、ハーディングが指揮するMCOによってスコアが燃えるほど大胆に変貌する。累積した効果は疑いなく、ブリテンが意図したとおり深く不安に陥れる。
Anthony Holden
The Sunday Times
1 September 2002
彼は今まで聴いた中で最もぞくぞくするような「表現主義的な」スコアの解釈で指揮をした。
Hugh Canning
The Stage
29 August 2002
彼は自信に満ちた威嚇的で機敏な演奏を説得的に融合させ、ソリストを支配することなく、ブリテンの凝縮されたリリシズムを解くのである。
The Daily Telegraph
28 August 2002
ハーディングは高いオクターブで決して緊張の緩むことのないMCOの素晴らしい演奏を指揮した。
Rupert Christiansen
The Times
27 August 2002
ハーディングとMCOはブリテンのスコアにおいて、あらゆる音色と構造的なねじのねじれを賞味した。
Geoff Brown
Divento Online
26 August 2002
ハーディングのクリスタルのような明晰な指揮のもとで、MCOの各ソリストは演奏に鋭い強さを加える。
Omer Corlaix
Edinburgh Evening News
26 August 2002
歌と緊張の付加を強いることは、どの場面でもなく終始すばらしい。
Thom Dibdin
The Guardian
26 August 2002
ハーディングはMCOを指揮する際、リスクを覚悟して室内曲のスコアの限界内で厳しく押し出し、表現主義へと接近し新しい観点を提示する。
Andrew Clements
The Scotsman
24 August 2002
燃え盛るスコアを下支えしてMCOから装飾されたサウンドを引き出した。
Kenneth Walton
The Herald
24 August 2002
ハーディングは高度に明晰な指揮を行った。こぢんまりとしたMCOが、コンサートの時にキングズ・シアターの屋根を鳴らした。
Conrad Wilson
The Daily Telegraph
8 July 2002
公演を高めたのはハーディングの衝撃的な指揮である。来年はヴォツェックで戻ってくる。その日程は私の予定表に既に書き込まれている。
Rupert Christiansen
The Stage
17 January 2002
ハーディングのスコアの厳格な読みは最も注目に値すべきものである。彼は苦悩に満ちた不協和音を見出し、リズミックな奏法と全音階の瞬間的な解放によって飛翔するような楽器の音色を苦もなく実現した。これが現代的作品であることを明白にした。
David Blewitt
Sunday Times
13 January 2002
ハーディングは巧妙に作られたスコアへの先鋭な感受性を持ち、ピットの中でROHのソリストを指揮する。
Stephen Pettitt
Daily Telegraph
9 January 2002
指揮者ハーディングはすべてを厳しく制御する。彼のスコアの解釈はROHオーケストラから選抜された小アンサンブルによって見事に演奏され、大胆かつ生き生きとして調子を落とすことなく、魅了するドラマがステージ上に展開する。
Rupert Christiansen
The Independent
9 January 2002
ブリテンの夜の音楽は人を魅了してやまないが、ハーディングが指揮するROHのソリストによるシャープなレリーフに刻印されて幻覚のような輝きを見せる。
Edward Seckerson
Evening Standard
8 January 2002
ハーディングの指揮はラジカルな広がりを持ち、異なった解釈と音楽の啓示的な経験…しかしハーディングの大胆さと表現の力強さの欠如は、デリケートな室内作品への配慮であると共に広く状況に沿うものであり、何が基本的かというウォーナーのビジョンにこたえるものである。
Tom Sutcliffe
The Times
8 January 2002
ハーディングとROHオーケストラのソリストは、ピットの中でブリテンの室内楽のすべての音色を把握していた。彼らは驚くべき厳格さで作品の薄気味悪いウィットをも把握していた。まったくすごいことだ。
Rodney Milnes
Financial Times
8 January 2002
ハーディングはドラマの緊張感でオペラを指揮し、力強くクライマックスを演出する。
Richard Fairman
Sunday Telegraph
22 July 2001
イギリスの神童ハーディングは素晴らしいスコアを劇的に解釈した。