Daniel Harding Offcial Website / Photo : ©Priska Ketterer - Archivio Ferrara Musica
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In Concert In Opera Recordings In Interview Topics Event
ぶらあぼ 2006年8月号

最新型のモーツァルトがここにある!

4月に東京フィルに客演し、大成功を収めたマーラーの交響曲第2番「復活」の印象もさめやらないうちに、手兵マーラー・チェンバー・オーケストラ(MCO)と共に再び来日する。MCOは、1997年にクラウディオ・アバドによって設立されたいわば秘蔵っ子集団ともいうべき21世紀の室内オケだ。2003年からハーディングが音楽監督を務め、ともにクラシック音楽シーンの最先端をひた走っている。

いまさらだけど抗いがたいモーツァルトの魅力

今回の公演の聴きどころは、この記念すべき年にハーディングが指揮するモーツァルト。彼が日本でモーツァルトを指揮するのは、もはや伝説となった感があるピーター・ブルック演出による《ドン・ジョヴァンニ》以来のこと。いまさらながらモーツァルト・イヤーについての印象を求めると、苦笑しながら次のように語ってくれた。
「ちょっと…いや、かなりクレイジーな年だと思う。でも音楽家にとっては避けることができない重要な存在だし、クラシックを知らない人にとっても象徴的な存在だということに留意しないといけないね。神童時代の逸話は面白いものだけど、モーツァルトの天才性は、その短い人生の晩年の音楽にこそ、世界がここまで浮かれる偉大さがあるわけで、その抗いがたい魅力を伝えたい」

若さと解釈は関係ない。

尊敬する指揮者としてニコラウス・アーノンクールの名を挙げるハーディング(ちなみに明治学院のレクチャーでは、尊敬する物故指揮者としてマーラーを挙げた)。かつての革命児もいまやウィーンの巨匠となり、ピリオド奏法も当たり前の時代になった。むしろその行き過ぎの弊害が気になるくらいな昨今だが、それらを自明に育った"若い世代"のハーディングが感じているアーノンクールへの親近感、解釈上の影響について聞いた。
「たとえば、アーノンクールとクリスティアン・ティーレマンの演奏を例にとると、彼等のベートーヴェンはこーんなに違うよね(両手をいっぱいに拡げる)。前者はもう80歳近い、後者は僕の世代に近い。でも、僕の解釈はアーノンクールに近いと思う。解釈は変化するものだし、若いからといった理由より、各々の経験や音楽へのパースペクティブの問題なんだ。僕の個性とアーノンクールのそれは違うけれど、彼の本を読んだり、演奏を聴いて話をすると、改めて腑に落ちることがいっぱいある。もちろん全部に賛成するわけではない。ひょっとしたらアーノンクールが精神的にとても若いということかもしれないけど(笑)」

モーツァルトもジョン・ウィリアムズもハーディングの隣人!

来日公演のプログラムについて訊ねると「どの曲もあまりに有名。みんな知っているでしょう」と言いつつも「モーツァルトの短調(第40番)は、深く美しく心を打つ。それはとても人間的で、文学でいうとシェイクスピアの『リア王』『ハムレット』、あるいはドストエフスキーの作品みたいで、人間のダークサイドを表している。『ジュピター』第4楽章のテーマは、モーツァルトが8歳のときに、ロンドンで作曲した交響曲第1番第2楽章と同じもの。最後の交響曲で最初に戻ったというのは興味深い。ちなみに第1番を作曲した場所というのが、僕の家から数分の所なんだよ!」

余計なこととは思いつつ、ダークサイド=暗黒面という言葉にかこつけて「『スターウォーズ』を指揮したことがあるって、ホントですか?」と訊ねると、アハハと笑いながらロンドン交響楽団の100周年記念演奏会で指揮し、他の指揮者たちから羨ましがられたという話をしてくれた。映画自体については「だんだんつまらなくなったね」と辛い一言。
『スターウォーズ』が上映されたのが1977年。ハーディングは75年生まれ(ちなみに筆者も同じです)。言ってみれば、音楽のジャンルに対してもこれまでとは違った尺度を持って向かっている世代だと思う。個人的な体験でいえば、初めてハーディングを聴いたときの驚きは、奏法の目新しさよりも、彼が生み出す音楽の活き活きとしたグルーブ感、ノリだった。

ハーディングとMCOのモーツァルトという、21世紀型のナチュラルで新しい音楽に立ち会おう! クラシック音楽は終わらない。

松井 茂
FIFAworldcup.com 2006年7月2日

ライバル国のファン同士に芽生える友情

サイモン・ラトルに師事するダニエル・ハーディングは、最近注目のイギリスの若手指揮者だ。マーラー室内管弦楽団の音楽監督を担当する彼は、2005年のエクサンプロヴァンス・フェスティバルで「コシ・ファン・トゥッテ」を指揮し、今年も再び登場する予定だ。また、彼は2006年にミラノ・スカラ座のオーケストラの指揮も行う。2004年には、彼はロンドン交響楽団の客演指揮者に任命された。そして2006年後半には、スウェーデン放送交響楽団の音楽監督に就任することが決まっている。
Q. スタンドから観たアルゼンチン対ドイツ戦はいかがでしたか?
ワールドカップに来たのは初めてなんだ。こうした激しい競争が繰り広げられる国際試合を見たのは、これが初めて。これは僕にとって大きな出来事だよ。皆がワールドカップの話題で持ち切りだ。この一大パーティ、そして一大イベントが地球上のすべての人々を一つにするんだからね。誰しもがその場へ行って、自分自身で経験するのがどんな感じか知りたいはずだ。本当なんだ、フェスティバルの最高の気分と喜びがあって、ライバル同士のファンでも何か特別な友情を感じるんだ。
たとえアルゼンチン人やドイツ人と、または僕たちみたいなどっちの国でもない外国人と一緒に座っても雰囲気はとても素晴らしい。
ドイツが良いプレーを見せていることに、多くの人が驚いているのは明らかだ。彼らはとても良いプレーを披露しているだけでなく、伝統的なドイツ代表のプレーとは違う自分たちのスタイルのプレーをしているからね。今年、アルゼンチン対ドイツ戦を観たのは、最高の選択だと思ってるよ。僕がこの試合を観るんだって人に言ったら、皆にものすごく嫉妬された。アルゼンチンのゴールキーパーがケガをしてしまったのが唯一残念だったことだね。ワールドカップの準々決勝でケガをして、ストレッチャーに乗ってフィールドから立ち去るなんて、誰も見せかけで装ったりしないさ。時間稼ぎかと思わせる場面があったりすると、口笛を吹いて冷やかすけれど、これは本当に深刻なんだと気付いた。僕にはちょっと堪えたよ。
Q. この2チームが決勝に行けたチームだと思いますか?
この試合に勝つことのできたチームなら、こう言ったら悪いけど、ドイツは決勝に行ける大きなチャンスがあると思うね。彼らが見せたプレーを見ても、もし違うセクションにいたら、この2チームは決勝で対戦することもできるレベルだ。一度決勝トーナメントに行ったら、負けたら終わり。だから、ミスをしないようにしなければという緊張がいつもある。PK戦で勝敗が決まったのは残念だよね。でも最後の瞬間まで誰が勝つか分からない試合を見るのは、最高だよ。試合開始20分で何が起こるか分かってしまい、2-0、3-0あるいは4-0など一方的に決まってしまう試合も他にはあるとからね。今日の試合は、最後まで良い緊張感があって最高だった。
Q. あなたが選ぶマン・オブ・ザ・マッチは、どの選手でしたか?
ハーフタイムの時点では、テベスじゃないといけないって思った。彼は最高だったからね。終了の時点では、そう言うのは難しいな。ソリンが素晴らしかったと思うんだけど、テベスとリケルメは、信じられないようなプレーを見せたよね。一方で、偏見かもしれないけど、ドイツ側はそうしたプレーを見せた選手がいなかったように思う。でもドイツは、ホームのファンを前にして必ず素晴らしいプレーをしてみせるという決意があった。今日はたぶん、僕らが今まで見た両チームの試合の中でも、最も流れのない攻撃を展開したはずだ。それにしても、ドイツは驚異的なプレーをしたよね。
Q. ここまで大会をご覧になっていて、決勝進出するチームはどこだと思いますか?
ワールドカップの開始前は、決勝でブラジルがドイツを2-0で破るだろうと言っていて、それはまだかなり可能性のあることだと思う。僕たちが今夜予想するように、イタリアはドイツにとって難しい相手になり得るね。皆、イタリアがどんなに賢いプレーをするか過小評価している。イタリアはどのチームにとっても嫌な相手なのに。ただ僕はドイツが決勝に辿り着くような気がするんだ。それとブラジルを止めるチームが見当たらないし。明日彼らが負けるかもしれないしね。でもさ、もし彼らが決勝進出したかったら、誰が彼らを止められる? ジダンは4年前と同じじゃないだろうしね。でも彼は先日、素晴らしかったよね。だから、同じじゃないなんて言えないね。でもフランスがブラジルを破ったら、すごくびっくりするだろうな。刺激的な驚きになるだろうね。これがワールドカップなんだよね、そうだろ?
Q. 今日、ベルリンを散歩されましたね。街の雰囲気はいかがでしたか?
兄弟と一緒だったんだけど、通りを歩きながら、もし僕らが今日ロンドンを歩いていて、イングランド対アルゼンチンの試合が行われていたら、もっと大変なことになってるよねって話をしたんだ。異様だったのは、ファンマイルには何百万のファンがいたのに、ティーアガルテンに行ったら全く普通で、それで20メートルほどまた行くと何百万人もの人々がいるんだ。なんかどうも変だった。絶対的なサッカー熱が渦巻く一方で、時々わずかな静けさを垣間見れたんだ。
数日前は、ミュンヘンにいた。飛行機の乗り換えまで時間があったので、空港のファンフェストに行った。巨大スクリーンを見ながら、皆ビールを飲んでいたよ。ワールドカップは友好的なんだという雰囲気を作り出して、ドイツ人は本当に素晴らしい仕事をしたと思う。でもここにいられるだけで最高だよ。情熱的だけど、そんなに排他的じゃないし。同時に誰もが歓迎されている。最も当然なこととしてね。
TICKET CLASSIC 2006年5月号

今月の注目─ダニエル・ハーディング

世界中の熱い視線を浴びるイギリスの指揮者、ダニエル・ハーディング。30才。この4月、東京フィルとの初共演のために来日した若きマエストロが、これまで駆け抜けてきた日々、そして音楽への情熱をクールに語った。(編集部註:このインタビューは4月4日に行われました)
Q. 今回、東京フィルとは初めて共演されますが、いかがですか。
まだ1回しか練習していませんが、素晴らしいオーケストラですね。反応が速いし、よく練習していると思いました。定期演奏会でのマーラーの交響曲第2番《復活》が楽しみです。
Q. 15才でオーケストラを作って、当時バーミンガム市交響楽団音楽監督だったサイモン・ラトルに聴いて貰ったと伺いましたが、本当ですか?
オーケストラを作った、というほど大袈裟なことはしていません。音楽高校の友人と時々集まって演奏しようということになったんです。シェーンベルクの《月に憑かれたピエロ》をやりたかったんですが、難しくてどこから手をつけたらいいのか分からない。学校には「これは大人がやる音楽だ」と言われるし。で、助けてほしいと僕がマエストロ・ラトルに手紙を書いたんです。そうしたら、子供が《月に憑かれたピエロ》に取り組んでいるなんて面白いと思ったのか、来てくれたんですよ。そして、この世界に入るきっかけになったんです。
Q. BBCプロムナード・コンサートに、ストラヴィンスキーの《兵士の物語》でデビューなさった時の公演を聴きましたよ。シェーンベルクやストラヴィンスキーなど、20世紀初頭に活躍した作曲家がお好きですか?
どれも素晴らしい音楽であることには違いありませんが。若い指揮者には、いわば職を身につけるために学ぶレパートリーを見つけることが必要です。19才くらいの指揮者には、ベートーヴェンやブラームスよりもストラヴィンスキーの方が安全だと言えます。だからこの頃はよくそういう音楽を指揮しました。
Q. 今も現代の音楽に興味はありますか?
今、マティアス・ピンチャーとヨルグ・ヴィドマンがマーラー・チェンバーのために新曲を書いてくれています。彼らは二人とも友人ですし、ヨーロッパで最高の若い作曲家だと思います。マーク・アンソニー・タネジとは、ワールド・カップに関する番組のための曲の仕事を一緒にしています。自分の知人である作曲家の新作を振るのは好きですね。また、ロンドン響とは、ブーレーズやライマン、ヘンツェなどの曲もやりました。
Q. 現在は、伝統的な音楽にも重きを置かれている?
今では、かなりレパートリーが広くなりました。優れたオーケストラの指揮には二通りのやり方があります。彼らの血に流れているレパートリーをやって最高の演奏を引き出すか、あるいは彼らが全く知らない曲をやって、一緒に新しい体験を分かち合うか。私はこの両方の可能性を追求するのが好きです。
Q. こんなことをお聞きして、失礼にならなければいいのですが、オーケストラに試されている、と感じたことはありますか?
うーん…そうですね。どう言ったらいいかな。例えば、ウィーン・フィルと共演した時には、全くそうは感じませんでした。でも、もっと下手なオーケストラからは試されていると感じたことがあります(笑)。この10年間で、60か70のオーケストラを指揮しましたが、偉大なオーケストラで、ウィーン・フィルやドレスデン・シュターツカペレなど、自らの伝統に誇りと自信があればあるほど、私が色々注文を出しても、すぐ聞き入れてくれます。自分たちに自信のないオーケストラだと、そう行かない場合もある。オーケストラが指揮者を辛い目に遭わせるとしたら、それは彼らの不安の現れと言えると思います。三年前、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団を初めて指揮した時、私は恐らくクルト・マズアとは全然違う指示も出したと思うんですが、彼らはすぐ快く応じてくれました。世界で二番目に古いのに、好奇心旺盛の素晴らしいオーケストラです。そしてその翌週、もっと小さくて新しいオーケストラと仕事をしたんですが、「これが我々の伝統だ。そのようにしか弾かない」と言われましたよ。真の伝統があれば、自由に振る舞えるのです。でも、あまり自信がないと、持っているものにすがりついてしまうことがあるのだと思います。
Q. 指揮者として、本当に幸せだと思うのは?
私が一緒に仕事をしてきたのは、殆どの場合自分が知っていて、仕事をしたいと思っていたオーケストラだということです。もちろん、私のことを聞きつけて他のオーケストラが連絡をくれるのも嬉しいですが、指揮者にとって一番よいのは、自分が知っている人たちと音楽が作れることです。マーラー・チェンバー・オーケストラは、ドレスデン・シュターツカペレとは全然違う集団だし、ロンドン響もウィーン・フィルもまた違う。でも私はどのオーケストラと音楽を築くことも楽しいし、やり甲斐があります。これって本当に贅沢なことですよね。
もちろん、オケと関係を築く作業はいつも順調とは限りません。ロンドン響とは10年前からよい関係を保ってきましたが、いつもスムーズではありませんでした。でも彼らは私を招待し続けてくれて、9年たったある日、突然、関係が強まりました。また事態が変わる日も来るかも知れないけれど、これだけの時間を費やして関係を築いたという共通体験は大きな財産です。
Q. 来年はリヒャルト・シュトラウスの《サロメ》で、スカラ座に再登場されます。
その通りです。それがスカラ座での次のオペラの仕事になります。じつはこのスカラ座の実現のために、東京フィル、ロイヤル・コンセルトヘボウ管、そしてマーラー・チェンバーの日程を調整してもらいました。そのため来年3月の東京フィルへの客演ができなくなってしまい、とても残念です。東京フィルには、近い将来改めて共演できることを楽しみにしています。
Q. 今年はまたザルツブルク音楽祭にも出演されますし、エクサン・プロヴァンス音楽祭、ロイヤル・オペラなどでオペラの指揮もされています。オペラとオーケストラ・コンサートのどちらに重点を置いていますか?
僕の場合、数から行ったらオペラより、コンサートの仕事が圧倒的に多いです。若手の同業者を見渡してみても、ウラディミール・ユロフスキとか、フィリップ・ジョルダンは、僕よりずっと沢山オペラを振っています。もっとオペラもやりたいのですが、オペラの仕事をしていて、オケ練習が始まるといつも安心とするんですよ。これで私の知っていることが出来るって(笑)。歌劇場でもコンサートホールでも、自分は同じ指揮者のつもりですがね。オペラは大勢の人が関わっているから、ある程度の期間、一緒に仕事をする環境がほしいですね。一晩だけドイツの歌劇場に行って指揮をする、といったようなことはしたくないです。それで素晴らしい仕事が出来る人もいますが。今は年に3本くらいオペラを振っていますが、それで満足しています。
Q. オフの日は、何をしていますか?
まず寝ます!(笑) あとは普通の人と変わりませんよ。映画を見たり、読書したり、スポーツ観戦したり。フットボール(サッカー)は、マンチェスター・ユナイテッド! ずっと応援しています。
Q. ところで日本食はお好きですか?
ワギュー・ビーフ!(笑) あんなに美味しい牛肉は日本にしかありません。昨日は下北沢で最高のステーキを食べましたよ。
Q. 次の来日は10月のマーラー室内管弦楽団ですね。このオーケストラとの関係も長くなりましたね。
最初に指揮したのが1998年ですから8年目です。僕のキャリアに匹敵する長さで、とっても良いコンビネーションです。秋には、モーツァルト中心のプログラムでまた東京に戻ってきますよ!
岸並 由希子 (読売新聞・英字新聞部)
Classic Japan - TICKET CLASSIC Website : http://www.classic-japan.com/
音楽の友 2005年12月号

私が音楽する理由
~私たちは新しさを求めているのではないし、若いということに昂奮しているわけでもない。  

音楽家を前に「どうして音楽をするのですか?」という問いを重ねるのは、なぜあなたは生きているのですか、と聞くに等しい愚行かもしれない。それでも敢えて問うてみたい。それは、われわれがともに生きる現在の意味を探ることに、きっとつながっているのだから。このシリーズでは、新時代の先頭にたつ20代・30代の音楽家たちにこの根源的な問いをぶつけていく。シリーズ7人目に登場するのは、指揮者ダニエル・ハーディング。1976年生まれ。新世代の指揮者のなかでも最も期待されている一人だ。

若さとは弱みでも特権でもない

「私たちは新しくあろうとしているのではないし、若いということにエキサイトしているわけでもない」。それは確かなことだ、とダニエル・ハーディングは少々苦々しく語った。

1993年から1994年にサイモン・ラトル、1995/1996シーズンにはクラウディオ・アバドのアシスタントをして、20代前後からいち早く世界の檜舞台に躍り出たハーディングが、フルトヴェングラーだって19歳で指揮台に立っていたでしょう、と以前どこかで語っていたことも思い出す。吉本隆明も言っていたように、若さとは弱みでも特権でもない。

「『ダニエル・ハーディングとマーラー・チェンバー・オーケストラは、若者たちで、フレッシュなアイディアをもち、エネルギーに溢れ…』なんて人々が話しているのを聞くと、あまりハッピーな気はしないな(笑)。自分たちが若いという事実は自分たちでどうすることもできないし、ただそうあるだけのことだ。私たちは若く、そして日々年老いていく。私たちは新しいアイディアを探そうと努めているわけでもなければ、何かこれまでと違うことをしようとしているわけでもない。ただ自分たちが正しいと思うことをしているだけです。日々新鮮な気持ちで演奏しようと努めているけれど、エキサイトしようとしているわけではなく、演奏するのに夢中になっているだけ。誰かがつねに新しい何かを探していなければいけない、というのは必ずしも不可欠なことではないし、価値があることとも言えない。何かこれまでと違う試みを私たちがするとしたら、そちらのほうが自然だからで、だからエキサイティングなわけです。それを追い求めてトライし続けるとしたら、つまらないことになると思いますね」

1995年にはドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンを初めて指揮し、1999年には音楽監督に就任して、2001年には日本公演も行った。ベルクの《抒情組曲からの3章》、イアン・ボストリッジとのブリテンの《ノクターン》、ブラームスの交響曲第3番を僕もオーチャードホールで聴いたが、透明度の高いテクステュアを清冽に響かせて魅力的だった。また、アバドが創設したマーラー・チェンバー・オーケストラとは当初から緊密な関係を保ち、2003年から音楽監督として関わっている。若い音楽家にひらかれ、多彩な様式の音楽に柔軟な適応力を示す室内オーケストラにとっても、多くのソリストにとってと同じく、ハーディングの存在は同世代の偉才として特別な魅力と友愛をもつものだろう。

「聴衆がマーラー・チェンバー・オーケストラから大きな楽しみを得てくれているとしたらね」とハーディングは静かに続ける。「それは私たちが一体となり、もう一度同じことをしようとは誰ひとり考えていなくて、毎回が最後のコンサートであるかのように思っているからでしょう。いま私は、このオーケストラが設立当初よりも穏やかで静かな表現ができるようになってきたと思います。それにオーケストラだってもうそれほど若くないし、メンバーの多くには子供もいて、7、8年前とは同じではない。でも、ヴァイタリティは変わらずに保たれている。たとえば、私たちはモーツァルトをよく演奏しますが、マーラー・チェンバー・オーケストラのパーソナリティはモーツァルトのパーソナリティとそんなに遠くないと私は思っています。いつも生命感に溢れ、つねに何かを試していて、好奇心が旺盛。ある瞬間は喜劇で、次の瞬間は悲劇、いつも変わり続けている。マーラー・チェンバー・オーケストラで私たちがしていることは、人々がときに想像するよりも、ずっとラディカルではない。若い人たちがいるからと言うのは、真実ではありません。私たちは革命家ではない。それも素晴らしいことです」

こうした室内オーケストラも含めて、ヨーロッパの若い世代どうしの交流は盛んになっているようだ。「誰もが誰もを知っているわけではないけれど、現在は巨大な友達ネットワークがある」とハーディングは言う。彼らの言葉を聞いていると、芸術家が個人で孤立しているわけではなく、ともに発見し合うオープンな環境があるように感じられる。「コラボレーションのことだけど、アイディアを交換しあうのは、単純にいいことだと思わない? 音楽にかぎらず、人生のさまざまなことで、あなたは何かを発見する。それと同じとき、他の誰かが何かを発見したら、お互いに分かち合うことで、すべての人が利益を得られる。薬学の研究をしている人たちが、お互いに口を利かないとしたらどうなる? アイディアや重要な意見を交換し合うのは大切なことだし、音楽家は独善的になるべきではない。私たちは互いに語り合うことで、皆がさらに興味深い存在になっていく」。

言うまでもなくハーディングは、彼ら以外にも多くのオーケストラと仕事を重ね、1996年にはベルリン・フィル、2004年にはウィーン・フィルにもデビューしている。2006年9月には、ロンドン交響楽団の首席客演指揮者に迎えられる予定だ。近年は、とりわけライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団とドレスデン・シュターツカペレとの関係が深いが、どちらも古い伝統をもつ有数のオーケストラだ。「必ずしも若くはないオーケストラだけれど、そのなかにも多くの若い演奏家がいる。非常にトラディショナルで、オールド・ファッションで、フォーマルなところだから、ヤング・クレイジー・イングリッシュ・コンダクターにとってはもっとも居心地のよくない場所だと思えるが、事実はそうではない。私はそこでもとても快適だし、かなり受け容れられていると思います」。

オペラでの活躍も、1998年のエクサンプロヴァンスで、ピーター・ブルック演出の《ドン・ジョヴァンニ》で絶賛を浴びて以降、目覚ましいものがある。2005年12月にはスカラ座でリュック・ボンディ演出の《イドメネオ》が控えている。
「オペラの制作はプロセスがぜんぜん違う。オーケストラは純音楽的なことで99パーセントは指揮者が決める。オペラだと、テンポやアーティキュレーション、ダイナミクス、すべてが演出家との共同作業です。互いが互いのために日々変化していく。だからこそ、信頼できて、自分が正直になれる相手、結果的に何かを分かち合い、ある種の見方を得ることができるパートナーと仕事をしなくてはいけない。私の場合、オペラの演出家たちとはいつもそういう体験をしてきました。ピーター・ブルック、パトリス・シェロー、リュック・ボンディといった世界屈指の傑出した人たちと仕事ができて非常に幸運だと思っています」

現代の演奏様式について

さて、前号でも語られたように、彼を最初に世界に近づけたのはサイモン・ラトルだったが、ハーディングはこの先達のようにやはり広い視野をもつ指揮者になりたいと語る。40歳のときに、この16歳の才能ある初めての本格的な弟子をとったラトルは、ピリオド楽器演奏の成果をモダン・オーケストラに援用する試みを推進してきた。ハーディング自身もその発想を採り入れ、ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンとのファースト・アルバムとなった「ベートーヴェン序曲集」でもバロック弓とその語法を用いて、清明な響きを導いている。そんなハーディングに、現代の演奏についての考えを聞いたが、彼のなかではさまざまな要素がすべて適切な距離をもって対象化されているようだ。同時代作品も含め、さまざまな音響や語彙や様式に適応する彼は、作曲当時の状況を超えて、マーラー以降の交響作品も知っていることになる。

「ははは。『私はマーラーよりも多くを知っている』(笑)。それはちょっと論理的とは思えないな。知れば知るほど、わからなくなるとも言えるわけで。今日の音楽家にとって非常に大きな問題は、バロック音楽について明解な視野をもっているし、ベートーヴェンやワーグナーにしてもそうだけれど、もっと多くのことがその中間で起こっていて、それを見通したり見極めたりすることが実に難しくなっている。私たちは自分が知識として得ることから多くの影響を受けるから、自分自身の目で純粋に作品を見極めることが難しくなっている。だから、たぶんある意味ではあなたの言うのと逆だと思うな。かつて演奏家は自分たちが生きた時代の演奏様式のなかで育った。現在はおそらく史上初めて、自分たちのコンテクストではなくて、作品自体のコンテクストで捉える志向がファッショナブルになっている。それは、過去にはなかったことだと思います。メンデルスゾーンがバッハを蘇演したときに、バッハの時代に響いていたような様式で演奏しようなどとは思わなかったはずで、彼自身の時代にどう響くかを考えた。異なる時代の人々にとってどう聴こえていたかを考えることは非常に難しい。私はワーグナーの歴史的様式を踏まえた演奏のプロジェクトに関わっていて、エクサンプロヴァンスではエヴァ・ワーグナーという偉大な孫娘と仕事をしていますが、録音や証言なども残されていて、私たちとワーグナーの関係は非常に近い。それでも、1930年や1900年にワーグナーがどう演奏されていたかを探ることは気の遠くなる話です。1750年のことなどどうやって想像し得るでしょう。音楽や様式について知れば知るほど、新しいことには触れますが、それでもとても困難ですよ」

たとえば、現在のニューヨークのジャズ・シーンで、若いミュージシャンがスタンダードをスタンダードとして演奏することなんてあり得ない、とピアニストの山中千尋も言っていた。それは大御所だけに許されることだと。クラシックの世界でも、現代の演奏表現の自由のなかで、オーセンティックなアプローチはひとつの可能性でしかないだろう。

「ああ。まずそれはスタイルでもチョイスでもない。私にとっては、さまざまなアプローチの方法があります。同じベートーヴェンの交響曲を、たとえば、カラヤンやクレンペラー、それからフランス・ブリュッヘンとジョン・エリオット・ガーディナーの指揮で聴くとしましょう。私は、ブリュッヘンとガーディナーの差異のほうが、カラヤンとクレンペラー間の違いよりも大きいと思います。オーセンティックな演奏やピリオド楽器が、可能性を狭くしているというのは誤解です。選択肢、可能性、解釈と指揮法は、二つの時代楽器のオーケストラを比べてみても、無限で、非常に広大な可能性があります。1950、1960年代や1970年代には、演奏はもっと統一感があり、いまよりも類似していたはずです。現在は多くの可能性がさらに拓かれている。ベートーヴェンの交響曲をサントリーホールで聴くとして、クリスティアン・ティーレマンやロジャー・ノリントン、デイヴィッド・ジンマン、マエストロ・チョン、あなたは何だって聴くことができる(笑)。40年前はそうではなかった。いまや巨大なレンジの可能性がある。すべての人がベートーヴェンに何らか一家言をもっている。私はカール・ベームのベートーヴェンを聴いて楽しいし、トレヴァー・ピノックだっていい。けれども、私が指揮するときにはその誰とも似ていたくない。

それから、伝統ということについて言えば、マーラーに美しい言葉がある。彼は終始伝統と闘っていましたけれど、『伝統とは火を護ることであって、灰を崇拝することではない』。しばしば、伝統というのは音楽家にとって、重要ではないことを保護することを意味している。重要なことを無視してね。伝統はある種の人たちにとっては、いつもディレッタントになり、考えずに怠惰であるための言い訳になっている。しかし、伝統というのは、私たちにとって、作曲家を崇拝するための方法であるべきであって、誰かが先週やったことを奉ることではありませんよ。ドレスデン・シュターツカペレでもウィーン・フィルでも、彼らは真の伝統というものをもち続けている。それは貴重なものですが、彼らの現在の演奏は100年前の演奏を正確になぞっているわけではもちろんない。いまようやくにして、これらの偉大なオーケストラは、何が自分たちの伝統かということに興味を抱いています。先達は自分たちと同じ町で同じ名前のオーケストラ席に座って、どんなふうに演奏していたのかということに」

伝統を何か古いものや過去の痕跡にではなく、彼ら自身のなかに、現代に生きる音楽家のなかに見出すことは、現代の聴き手にとって実に大切なことだ。演奏家は昔に時を巻き戻して演奏するわけではないし、聴覚も自体とともに変容してきている。精密な耳の持ち主と思われるハーディングは、音楽の受容ということを、どんなふうに捉えているだろう。

「私たちの聴きかた、目にし耳にする物事、私たちの暮らしや世界のありかた、すべてが違っている。だから、かつてのように演奏することも不可能だし、かつてのように聴くことも不可能です。それは絶対に明らかですよ。かといって、あなた自身の楽しみのためだけに、なにか別のものを運んでくるということもできません。私がオーセンティシティと断ずるものは、すべて実現が不可能なものです。音楽は過去に書かれたものだから、私たち自身のほうに向けてもいい、というのは少々危険な考えだと私は思います。美学的な問題でもある。私がある演奏を好むのは、それが美しく感動的だからで、どちらかがよりオーセンティックだと感じるからではない。結局、作品がどうあるべきかという正当性をもっているかが重要で、それがたまたまオーセンティックだったというのは偶然のことです。それに音楽家がいつもひとつの可能性だけを選ばなければいけないということはない。いつも変わっているし、多くのことから影響を受けますから」

現代は音楽史上、初めて古い音楽のほうが優勢で、人々が同時代の音楽についてもっとも悪く判断している時代だとハーディングは言う。音楽が存続し、私たちの文化的生活が興味深いものとなるために、新作の演奏は不可欠だから、それは危険な事態だと。「現代音楽の演奏について私たちには大きな責任がある。けれども、自分が個人的な関係を持てない作品を演奏したら、聴衆も作品と個人的な関係は持ち得ないでしょう。友達のように感じられる作品もあるし、そうでないものもあるけれど、現代にかぎらず、どんな作品についても、私が演奏するのは、義務からではなく、愛からです」。

私たちはメディアのようなもの

音楽や指揮をするうえでもっとも大切にしていることは何かとたずねると、音楽づくりの瞬間にはそんなことは考えないと彼は言う。「クラシックの演奏にとって、いちばん大事な人間は作曲家でしょう。けれど、作曲家だっていつも自分自身を語っているとはかぎらない。作曲家がどんな考えをシェアしようとしていたか。それは作曲家のパーソナリティとは違う場合が多いし、演奏家の人格からはもっとずっと離れたところにある。だから、演奏するうえでいちばん大切なことは、自分が誰であるかを忘れることです。私たちは何かを再創造しているのだから、努めて自分を持ちこまないようにしなければ。それぞれの作品にメッセージはあって、私のなかにはあえて世界に発するような興味深いものは何もない。音楽にはあらゆることができる。けれど、もし音楽家がそれに自分のメッセージを伝えようとすれば、それは音楽のメッセージを減じてしまう。私は哲学者ではないから、誰かのメッセージを、聴く人のもとで生きたものにするための手伝いをするだけです」。

だが、演奏家であるのは素晴らしいことだ、とハーディングは言う。「オープンでいることができる。私は創造も、発明も、革新もしないけれど、想像力と手と顔の表情とまわりの人々の技術と静寂から、聴く人の人生を変えてしまうようなことを起こすことができる。全身全霊が200年前に亡くなった誰かや隣に座っている誰かから与えられる魔法に充たされることによってそれが可能になる。音楽家は魅力的な人間でも非常につまらない人間でもいい。そのことを成す能力と直観が音楽をする瞬間にあれば、そのとき彼らはまったく違う存在になる。すべてはマジックのようで、私たちはメディアのようなものです」。

最後の質問として、マエストロ・ハーディングはなぜ音楽をするのか、ともう一度たずねた。
「結局のところ、いくつかの理由が私にはある。もし演奏しなければ、私は内面が爆発してしまう(笑)。2003年のエクサンプロヴァンスで貴重な体験をしたのですが、ベルクの《ヴォツェック》を採り上げて、6週間で19回、57時間にもおよぶオーケストラ・リハーサルをしました。それほど一所懸命やったのですが、最後にはストライキになって、演奏ができなかった。私たちは待ち続けて、政治的な判断を待ち、10日間何もせずにいた後、劇場に行って、聴衆はなく、友達だけがいるところで、たった一回だけ演奏しました。そうしなければ、私たちは全員まったく気が狂ってしまったことでしょう。何かを必死で練習して、それを表に出すことができないのだから。それは音楽家すべてに言えることです。内面に何かがあって、しかし表現できずにいれば、それに食いつぶされてしまう」

青澤 隆明
音楽の友 2005年11月号

私が音楽する理由~指揮者という天分

音楽家を前に「どうして音楽をするのですか?」という問いを重ねるのは、なぜあなたは生きているのですか、と聞くに等しい愚行かもしれない。それでも敢えて問うてみたい。それは、われわれがともに生きる現在の意味を探ることに、きっとつながっているのだから。このシリーズでは、新時代の先頭にたつ20代・30代の音楽家たちにこの根源的な問いをぶつけていく。シリーズ7人目に登場するのは、指揮者ダニエル・ハーディング。1976年生まれ。新世代の指揮者のなかでも最も期待されている一人だ。

人はどうして指揮者になるのか

現代の多種多様な職業のなかで、指揮者という仕事を選ぶのは、フットボールのコーチになるくらい特殊なことではないだろうか。そう言うとダニエル・ハーディングは小さく笑った。マンチェスター・ユナイテッドの株主であり、自身のホームページでも買収問題について熱く言及している彼らしい反応だ。

グレイザーを困難な状況に追いやるために我々が出来ることは何でもしなければならない、とハーディングはアメリカ人実業家のビジネス・プランを烈しく批判する。フットボール・チームは何よりフットボールを愛する人と子供たちのものであるべきだ、と彼は言う。その真の心は決して買うことができない、と。音楽だっておんなじだ。
いったい人はどうして指揮者になるだろうか。あるいは、どのような人が?

目の前の男はいたって物静かで、謙虚だ。エゴイスティックに自己を主張するわけでもなければ、こちらを包みこむように感情を露わにすることもない。クールに終始距離を保ち、余計なことは何も言わない。僕にわかるのはここに記す会話のほかに、8月初めに出会った時点で、彼がものすごく忙しいということと、少し疲れていて風邪気味だということ、それでもひとつひとつ丁寧に受け答えを続けてくれていること。それから2人目の子供がまもなく生まれる、けれどもその名前は誰にも言わない、ということくらいだ。

しかし、そこには静かな深みがあり、知性の奥に強い吸引力がある。多くの人に愛されるだろうことと、一筋縄ではいかないところと、青年的な悪戯っぽさと成熟した叡智の混在と、そういう日常的な領域を超えて、ダニエル・ハーディングという名で呼ばれる遠大な宇宙がその内奥に潜んでいることが知れる。この人はどこからきて、どこへ向かうのか。

「指揮者というのはある意味で、とても単純な仕事かも知れない。コンサートやリハーサルでは、それぞれが特定の役割をもち、すべての人の重要な機能をもつ100名ほどの人々が一緒になって美しい何かを創り出す。指揮者も他の役目と同様に、その大きな編成のなかの、ひとつのパートにすぎない」とダニエル・ハーディングは言う。

その声は指揮者のありかたとしてよく喧伝されたような、20世紀までの独裁的な指揮者の言葉からはずいぶん遠くに響いているようだ。フットボールとオーケストラを安易に繋いでしまってはいけないが、それでもこれは長い歴史とともに発展してきた現代のフットボールを愛する者の発言としても相応しいのではないかと思う。ヨーロッパは確かに変わりつつあるのかも知れない。ハーディングや彼の親しい友人でもあるルノー・カプソンとゴーティエ・カプソンの話を聴いていると、彼らがある意味ずっと自由に交流し、情報を交換しながら、同時代に音楽する喜びを体現しているように思えてくる。「指揮者とヴァイオリニストや他のプレイヤーが親しく交流しているだけではない。いまは指揮者と指揮者、ヴァイオリニストとヴァイオリニストが親密な連繋をとっている。たとえばスコア・リーディングに関して、ムーティがアバドに電話で相談するなんてことはちょっと考えられないでしょう? でも、私たちは日常的に親しく意見を交歓し、お互いに刺激を与えあっています。それはいいことだと思うな」。

最初の風景

ダニエル・ハーディングという名の少年が、指揮者という天職へと歩み出したとき、彼にはどのような風景がみえていたのか。そこからストーリーを始めよう。

「とても若い頃から音楽家になりたかったのだと思う。たぶん8歳や9歳くらいから。というのも、子供は簡単にみえることを選ぶ方向にあり、さまざまな夢をもつけれど、私の場合はそれがトランペット奏者だった。私は怠け者の子どもだったけれど、音楽に関してだけはとても一所懸命にやっていたし、練習が楽しかった。指揮者になろうと思ったのはもっと後のことです。私は音楽にまつわるあらゆることを試みて、いろいろな楽器を演奏し、作曲を手がけ、何が自分にとって特別かを見極めようとしていた。12歳か13歳のときには指揮も試みて、それが私の音楽へのあらゆる関心を充たすように感じました。というのも、私はとても強い意見を抱き、同時にすべてのことと関わり合いを持ちたかった。トランペットを吹くと、演奏会の間中、待ちに待たされて、他の人が演奏するのを聴いていることになる(笑)。私は真にすべてを包括するような方法を探していたのです」

彼を指揮者へと導く大きなきっかけは、誰によってもたらされたのか。
「いちばん初めの体験が重要だったと思いますが、私が指揮者の仕事に興味を抱いたきっかけはアバドでした。誰にとっても、自分の愛する何かを誰かが鮮やかに成し遂げているのをみて、その人がヒーローになる瞬間というのはあると思う。私の場合、その第一のインスピレーションがアバドだったのです。もちろんそれ以来多くのことを学び、いま私は指揮者として、さまざまな人をそれぞれ異なる意味で評価していますし、いろいろな人から違うことを学びたいと願っています。だから、莫大な人数の指揮者が、私にインスピレーションを与えてくれる意味で重要です。あなたがいま話されたように、カール・ベームの指揮する《ヴォツェック》に私が惹かれたのは面白いことですよね。べームが自分に大きなインスピレーションをくれるなどとは思っていなかった。私はこのように若いし、彼はまったく異なるタイプの指揮者ですから、親近感を覚えるには至らなかったのです。けれども、《ヴォツェック》の感銘を最初に与えてくれたのは確かにベームだったし、彼のリヒャルト・シュトラウスも非常に美しいと感じる。だから、どの指揮者も、私をインスパイアしたり、夢中にさせたりすることはあり得るのですね(笑)」

バーンスタインが子供の頃のアバドに会ったとき、「この子は指揮者の眼をしている」と語ったという話がある。アバドに啓発されたというハーディングに、指揮者の眼というのはあると思うか、それはどんなものだろうかとたずねてみた。

「はは。それはいい話ですね。私がその目を持っているかどうかは知らないけれど(笑)、バーンスタインが言いたかったことはよくわかるよ。指揮というのは、腕や手だけでするのではなくて、多くを顔でなすものだから。それを説明するのは難しいけれど、実際のところ、指揮者や演奏家は誰かが指揮をしているのをみればすぐにそれが指揮者かどうかわかるし、オーケストラは素早くそれを判断できる。目なのか、顔なのか、身体なのか…」

指揮者という仕事には、磨かれる前の原石の力が特別に大きいように思うのだが。
「それこそ多種多様な指揮者がいますよね。あらゆることを説得できる才能や天性のカリスマがあって素晴らしい指揮者になっている人もいれば、偉大な音楽家が最高の身体的、技術的な能力をもつともかぎらない。棒振りの技術が圧倒的な長所となっていたり、いろいろな要素が少しずつ積み重なったりして、指揮者をつくる方法はほんとうに様々です。アーノンクールとロリン・マゼールはまったく正反対の構築の才能をもっているけれど、いずれも偉大な指揮者です。非常に興味深いことにね」

指揮者という天職

指揮者が天職だと、彼はいつ思ったのだろう。
「それがいつだったのかはわからない。指揮者になろうと考えたことも、指揮者にならなければと感じたことも覚えているけれど、どういうふうにそうなったのかは…。重要な日付は、1992年1月、初めてサイモン・ラトルに会ったときです。その前の晩、母は私にこう言いました。『おまえはいろいろなものになりたいと言う。イングランド代表のフットボール選手やクリケット選手、飛行機のパイロット、そしていまは指揮者。学校でオーケストラを指揮するのが好きだからと言ったって、指揮者になるにはいくつもの困難があるだろう。だから明日はとてもいい日なのだよ。サイモン・ラトルが「また来なさい」と言うか、とても礼儀正しく「グッドバイ、ありがとう」と言うかで、それがすぐにわかるのだからね』。幸いラトルは、私にまたおいでと言ってくれた。それで、その日私は初めて、自分が指揮者になることができるかも知れないと信じることができたのです」

夢多き子供にとって、なぜ音楽が特別だったのだろうか。
「そういうことのいくつかは、自分で選ぶことができないものです。ある人がカルロス・クライバー、ペレやマラドーナになる能力をもっていたとして、それをどう選ぶかは非常に困難です(笑)。だが、たいていの人は自分に心地よいと感じられるひとつのことを選ぶことができる。音楽家の多くはとても幸運だと私は思います。ごく若い頃から、どの道に進めば良いかを知っているから。私は小さい頃からたくさんの夢をもっていましたが、8歳や10歳の頃には、音楽家になるのだと確信していました。どのようにしてそう思ったのか、どうしてそう思ったのかはわかりませんが、音楽家になるのと、別の道を歩むのと、どちらが正しい選択でそうあるかは自ずとわかった。ごく初めから、それはとても明らかで、選ぶ余地などなかったのです。それは多くの音楽家に共通していることだと思います。兄も姉も自分が興味のあることを見つけて、幸せな人生を送っていますが、彼らには自分が正確にどこへ行こうとしているのかを知る瞬間がなかった。それはもちろんエキサイティングだし、大学を卒業して、いくつもの可能性が待っているというのは素晴らしいことです。けれど、音楽家に集中した人生を送るというのもとても恵まれたことだと私は思うのです」

はたして彼は、音楽を選んだのか、音楽に選ばれたのか。
「私はこんなふうに考えます。あなたは幾千もの小さな決断を下す、そのすべては思い出すには些細なことです。しかし、それらがあなたをある方向へと運んでいく。音楽もそのうちのひとつで、人々が自らのうちに秘めているものです。人は異なる才能をもっている。個々に異なるバックグラウンドをもち、さまざまな家庭、あらゆる国に生まれた子供たちが、自分の内に音楽を見出す。音楽に選ばれたのか、音楽を選んだのかは、私にはわからない。けれども、音楽を演奏し、音楽を聴き、踊ったり歌ったりするのは、人間の自然な欲望だと思います。ある人々にとっては、それが特に強いということなのでしょう」

それでは、なぜ音楽のなかでも特にクラシックに惹かれたのか。
「なぜなら、私はジャズができないから(笑)。バーンスタインとアンドレ・プレヴィンといった数少ない例外はあって、彼らは異なる音楽表現も非常に好みます。でもね、フランク・シナトラがモーツァルトを歌うのをあなたは聴きたいと思いますか? 私は聴きますよ(笑)。私にとっては、シナトラは過去50年のあらゆる音楽家のなかで真の天才です。カルロス・クライバーやエラ・フィッツジェラルドもそう。クラシック音楽のなかでも、フランス音楽、バロックのスペシャリストというのがいますが、聴いて素晴らしいのと、自分で取り組むのは違います。誰もがあらゆる音楽を心地よく感じてそれをしたら、特別なものは何もなくなってしまう」

自分自身の役割

同時代音楽のなかでクラシック音楽がしめる位置と、自分自身がそのなかで果たすべき役割について、彼はどのように認識しているのだろうか。

「レパートリーというのは、時間をかけて顕かになっていくものだと思います。キャリアが始まった頃、17歳や18歳でしたが、私が演奏する90パーセントは現代音楽でした。それは賢明なことだったと思います。オーケストラが自分のことを知らず、自分自身も生涯で3つのオーケストラしか指揮したことがないときに、ベルリン・フィルでブラームスの交響曲を指揮しようとするのは困難です。だから、初めは現代音楽を数多く手がけ、それを楽しんでいた。22歳くらいから、広いレパートリーに取り組みたいと、強く思うようになりました。だから、現代音楽の割合を少なくして、レパートリーを築くことに努めています。それは確かにたいへんなことです。けれども、いつか始めなければならない。ここ10年ほどは幅広いレパートリーに臨み、主要な作品群、ブラームスの交響曲をいずれも20回ほど指揮していますが、これは私の年齢ではかなり多い回数ですし、ブルックナーやマーラーもすべてではないけれど半分くらいは手がけている。30代から40代、あるいは40代から50代には、レパートリーを拡大するとともに特別に関心をもつもの絞りこむことも大切でしょう。まだそれはがわからないし、どんな作品に私自身を見出すのかはわからないけれど、大きな基盤をまずは早いうちに築きたいと思っているのです」

伝統と現代の関係からみると、彼のように同時代の作品を熟知した視点から、その現代的な表現の可能性を古典に援用していくことも有効だろう。現代音楽の体験から、過去の伝統を照射することについて、ハーディングはどのように考えているのか。

「私は逆のほうがやや強いように思います。バロック音楽を知ることが、古典派に役立ち、それがロマン派、それがまたウィーン楽派に、というように。こうした歴史的な観点というのは非常に役に立ちます。ブーレーズを演奏することがラモーを演奏するときに助けになるのは疑いを得ませんが、それでもラモーを演奏することがブーレーズを演奏するのに役立つことのほうがやはり多い。大きく言って、音楽家にはふたつのタイプがあり、一方は非常に幅広いレパートリーを手がけて大きな視野をもち、他方はとかく専門化していきます。私にとって顕著な例は、サイモン・ラトルですが、彼は本当にすべてを手がけます。ウィリアム・クリスティはレパートリーを広げていますが、やはりフレンチ・バロックについては誰よりも知っている。私たちは聴き手としてどちらの音楽家も必要としています。サイモンとビルは友達で、サイモンがラモーを指揮するときにはビル・クリスティと電話で話し合うし、クリスティが後年の音楽を指揮するときにはサイモン・ラトルに電話をかける。どの指揮者もどの音楽家も、孤立した生きかたなどしてはいません。ただし、聴衆は毎晩違う指揮者を聴くことに興味をもちますから、異なるパーソナリティと異なる視野をもつ指揮者が必要とされます。私はどちらかといえば、おそらくサイモン・ラトルに近く、広い視野をもちたいと思っていますが、同時にスペシャリストの方々からも多くのことを学びたいと思っています」

様々なことが個々に試みられる現在にあって、指揮者の選択も非常に多岐にわたり、それだけに自由と困難は同じように彼らのもとに潜んでいる。指揮者という領分に自然と引き寄せられ、若くしてヨーロッパ伝統音楽の最前列に立ったダニエル・ハーディングは、どのようにその航図を描いているのだろうか。もう少し対話を続けて、そのことを具体的に辿っていこうと思う。

青澤 隆明
The Observer 16 January 2005

実に新鮮なマーラー交響曲4番。子供の角笛のHardingの伴奏部での解釈は常に繊細で説得力がある。

Anthony Holden
The Telegraph 9 January 2005

熱心で注意深い流儀を舞台上では大らかな確信へと変換させる彼の方法に私は打たれた。意気揚々と恍惚して調理場に口づけしようとするシェフのように、親指と人差し指の間で微妙に指揮棒を持ち上げる。

Michael White
The Times 22 March 2003

指揮台での流れるような動作と自信に満ちた態度は、普通なら数十年の経験を重ねないことにはありえない。
 
The Guardian 17 December 2001

批評家と指揮者はハーディングの疑う余地のない才能をここ数年吹聴してやまない。アバドは天才と呼び、ラトルは同世代の最も偉大な才能と呼んでいる。

Martin Kettle
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