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HMV : ハーディング、公開リハ&トーク・レポート 2006年4月11日

当日はあいにくの雨。にもかかわらず、受付開始時刻である17時にはすでに東京オペラシティ コンサートホールの前には長い列ができあがっていた。1,300件以上の応募があったため、当初は200名だった定員を急遽500名まで拡大し、この日はホール1階だけでなく2階までも開放したという。現在ヨーロッパで第一級の実力と人気を誇る人だけあって、日本での注目度もかなり高いようだ。ちなみに今回のイベントの内容は、公開リハーサルとラウンドトーク及びサイン会である。まずは公開リハーサルの模様を追ってみよう。

第1楽章の冒頭から早速細かい指示が飛ぶ。何小節か進むごとにストップがかかる。だが、やり直してみると、たしかにハーディングの要求した通りの音になり、フレージングになっている。東京フィルの順応性の良さも大したものだ。それにしてもなかなか前進しない。往年の名指揮者ジョン・バルビローリのリハーサル映像が残っているが、そこでの細かさも尋常ではなかった。そういや彼もイギリス出身だったな…。ふとそんなことを思い出す。
時間配分を考慮したのだろう、途中からは演奏を止める回数が少なくなる。公開リハーサルということもあって、その演奏はほとんどライヴ同然。徐々に熱気を帯びてくる。クライマックスでの盛り上がり具合は、かなりエッジがきいていて、壮烈だった。総じて、表情の付け方ひとつひとつにクリエイティヴな工夫がある。デフォルメされたアクセントもいやみがなく、また、ポルタメントを多用している点も面白かった。ただ、ちまちまと細かいだけではない。彼の特徴は、細部への異様なこだわりが、音楽的な流れやスケールの大きさを損なっていないところにあるようだ。
Photo : ©HMV Japan

第1楽章を終えたところで、公開リハーサルは終了。10分ほど間を置いて、ラウンドトークが始まった。司会は日本経済新聞社の池田卓夫氏。颯爽とした足取りで現れたハーディング。「リハーサルでお疲れのところ、こういう時間を作っていただいてありがとうございます」と司会がまずお礼の言葉を伝えると、「よいリハーサルは疲れませんから」とイギリス風のユーモアで応じてみせた。
Photo : ©HMV Japan
「よくこの短期間で東京フィルの音をここまでハーディングさんの音に変えたものですね。リハーサルのポイントは何ですか」という質問には、「それを言う前に、東京フィル自体の水準が非常に高い、という前提からお話ししておくべきでしょうね。東京フィルはもちろん、日本のオーケストラを振るのも今回が初めてですが、新しいオーケストラとの仕事で重要なこと、この数日で力を入れてきたことは、"お互いを知ること"です。私がこういうジェスチャーをしたら、彼らがそれをどう理解し、どう反応するか。自分が与えた指示を彼らがどうやって実現していくのか、それをちゃんと把握することで、本番ではより自由な形で音楽作りができるようになるのです」。殊に「復活」のような大作を振る場合は、綿密なコミュニケーションとリハーサルが必要だ、とハーディングは強調する。

音楽ジャーナリストからリハーサルについて専門的な感想が寄せられると、「指揮者より彼らの方が難しい仕事をしているに違いない」と苦笑いするハーディング。東京フィルとの初共演にマーラーの「復活」を選んだ理由については、「マーラーやR・シュトラウスといった後期ロマン派の作品は、モーツァルトやベートーヴェンと異なり、アプローチにおいて共通の基盤が得やすいから」とのこと。モーツァルトやベートーヴェンの作品に関しては、ピリオド奏法や編成やテンポの問題をはじめ、オーケストラそれぞれのカラーがある。だから、長いディスカッションを経て、お互いの仲を深めた後でなければお互いに納得のいく結果は得られない、という。

マーラーの作品については、「"大音量からピアニッシモ"はマーラーならではの特徴的コントラストの1つですが、たった4小節のピアニッシモの中にも微妙なコントラストがあります。それを見逃してしまうとマーラーにはならないのです」と語る。興味深かったのは、「マーラーは鏡のような作曲家」というコメント。「彼はスコアに事細かな指示を書き記しており、ほとんど演奏者に自由を与えていません。にもかかわらず、その事細かな指示に、すべての演奏家が違ったやり方で従っているところが面白い。指示に従えば従うほど、演奏者の個性が出る。そういう意味で"鏡"と申し上げたのです。私が思うに、マーラーの音楽は繊細で美しいですが、センチメンタルではない。彼自身は複雑な性格の人間でした。一方で、気品があり、ノーブルな人間でもありました。音楽にもそういうところが出ていると思います」。
Photo : ©HMV Japan

「復活」の独唱者は、カミラ・ティリングとカタリーナ・カーネウス。両者ともハーディングが注目している逸材である。「カミラ・ティリングは、以前エクサン・プロヴァンス音楽祭のプロジェクトで来日した時に『フィガロの結婚』でスザンナを歌いました。以来、バッハやマーラーの作品で共演していますが、軽やかでとても美しい声をしています。昨年12月、スカラ座でモーツァルトの『イドメネオ』を上演した時も、ぜひ彼女にイリアを歌ってもらいたいと思って演出家のリュック・ボンディに推薦したのですが、実は彼も同じ考えだったようで、嬉しい意見の一致を見ました。公演も大成功でした。カタリーナ・カーネウスは、BBCカーディフ国際声楽コンクールの優勝者で、ほの暗く魅力的な声を持つアルト歌手です」。
Photo : ©HMV Japan
一般の観覧席からも質問が寄せられた。年齢的に若い(30歳)ことのメリットとデメリットについて聞く人、今回はなぜ対向配置を採用しないのかと聞く人、その作曲家が亡くなった年齢を越える前と越えた後で意識が変わることはあるのかと聞く人、質問タイムであるはずなのにハーディングへの感謝の言葉を伝える人…。レパートリーやプライベートに関する質問は不思議なくらい出なかった。
そういうことに興味のある人もいるだろうから、いちおうお知らせしておくと、レパートリーはかなり広い。J.S.バッハの『マタイ受難曲』も、アルバン・ベルクの『ヴォツェック』も振る。ポスト・ラトルのイメージがあるため、マーラー指揮者として考えている人も多いが、ヨーロッパでは一流のオペラ指揮者として認知されている(今年ザルツブルク音楽祭で『ドン・ジョヴァンニ』を振ることからもそれは一目瞭然)。スカラ座からもラヴ・コールを受けており、来年は『サロメ』を振ることが決まっている。プライベートでは、サッカー好きで、ワイン通とのこと。

最後にメッセージを、とのリクエストには以下のように答えていた。「長い間指揮をしてきて、なぜか今まで日本のオーケストラを指揮するチャンスがありませんでした。今日、世界の中でこれほどクラシック音楽を真剣に理解しようとしている聴衆が多く存在する国はあまりないと思います。世界の演奏家は日本のことを高く評価していますし、最初は『日本は遠いなあ』と思っている人も、いざ来てみれば、「ここは素晴らしい場所だ」と思うようになります。私が日本に来たのはこれで4度目ですが、今回東京フィルという素晴らしいオーケストラを振る機会に恵まれたことを大変嬉しく思っております。今日は長い時間お付き合いいただき、ありがとうございました」
Photo : ©HMV Japan

これにてラウンドトークは終了。ここからはファンお待ちかねのサイン会がスタート。希望者全員にサインをしてくれるとあって、HMVの即売会場には山のように人が集まり、サイン会場にはあっという間に200人以上の長蛇の列ができあがった。ハーディングはその1人1人に対して気さくに、ジェントリーに応じていた。世界のトップを走るプロとしてのマナーとバイタリティーには、見ていて頭の下がる思いがした。
阿部 十三
(写真提供:HMV Japan
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