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ダニエル・ハーディングは、現代をリードする指揮者としてつねに世界の注目を集めている。チャレンジングな姿勢で躍進を続け、鋭敏に変化し続ける存在だ。20世紀の終わりに颯爽と登場し、たちまち新世代の代表格として期待を集めたが、ハーディングから今後も目が離せない理由のひとつはそこにある。
サイモン・ラトルとクラウディオ・アバドのアシスタントを務め、20歳前後からいち早く世界の檜舞台に躍り出たハーディングも現在30歳代に入り、新しいポスト(スウェーデン放送交響楽団音楽監督、ロンドン交響楽団首席客演指揮者)、新しいレコーディング・レーベル(ドイツ・グラモフォン)での活躍を含めて、さらなる挑戦の季節を迎えている。ラトルが"驚くべき生来の身体能力"と評し、アバドが"My little genius"と称えたかつての天才少年の進境が、これからますます期待されるところだ。
「指揮者というのはある意味、とても単純な仕事かも知れない。コンサートやリハーサルでは、それぞれ特定の役割をもち、そのすべてが重要な機能をもつ100名ほどの人間が一緒になって美しい何かを創り出す。指揮者も他の役目と同様に、その大きな編成のなかの、ひとつのパートにすぎない」とハーディングは言う。19世紀以降の本流とみなされてきた指揮者によるオーケストラの独裁的な支配、伝統という固定観念のもとに制約された演奏様式、限定されたレパートリーなどの因襲にとらわれることなく、現代の聴衆のためのオーケストラを鋭く模索するその姿勢は、若き日のハーディングを導いた2人の先達、クラウディオ・アバドとサイモン・ラトルの精神から受け継がれた部分も大きいだろう。
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1975年8月31日にイギリスのオックスフォードで生まれたダニエル・ハーディングは、1992年1月にサイモン・ラトルと出会い、そのアシスタントとなって、ケンブリッジ大学在学中に指揮者としての輝かしいキャリアを歩み始める。1994年、18歳のときにバーミンガム市交響楽団を指揮したプロフェッショナルとしてのデビューは好評を博し、ロイヤル・フィルハーモニック協会から「ベスト・デビュー賞」を受けた。その後、ベルリン・フィルでクラウディオ・アバドのアシスタントを務め、1996年のベルリン芸術週間において、この名門を初めて指揮した。同年、ロンドンのBBCプロムスに史上最年少の指揮者としてデビュー、イギリス音楽界期待の星としての存在感を増していく。
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日本の聴衆に姿を見せ始めたのもこの頃で、1998年にエクサン・プロヴァンス音楽祭に初出演すると、1999年にはその引っ越し公演で初来日し、モーツァルトの同演目《ドン・ジョヴァンニ》を指揮して鮮烈な印象を残した。さらに2001年の秋には、音楽監督としてドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンを率いて再来日、ヴィクトリア・ムローヴァ(ヴァイオリン)、イアン・ボストリッジ(テノール)をソリストに迎えたツアーは各地で好評を博した。
ダニエル・ハーディングのレパートリーは、バロック音楽から現代の新作までと幅広いが、選曲には慎重かつ厳しい彼独自の審美眼が利いている。キャリアの初期にはその大半が現代作品だったと語るように、同時代作品の紹介にも使命感を抱いている。演奏様式を作品に応じてよく吟味し、古典派やロマン派の音楽に臨む際には、現代楽器のオーケストラに古典奏法を積極的に採り入れたピリオド・アプローチで、清新な魅力を吹きこんできた。とくに、ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンやマーラー・チェンバー・オーケストラとの躍進においては、こうしたアプローチが高い評価を集めてきたが、さらに大規模なオーケストラでさまざまなレパートリーを指揮するなかで、ハーディングが今後どのようなスタイルを培っていくのかも今後大いに注目されるところだ。
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2004年12月には、マーラーの交響曲第10番(クック版)で、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会に29歳の若さでデビュー。その後も、バッハの《マタイ受難曲》、ベルリオーズの《イタリアのハロルド》などで共演を重ねている。また、この年にはロンドン交響楽団の100周年記念ガラ・コンサートも指揮した。
ハーディングがこれまで指揮したオーケストラには上記のほか、ドレスデン・シュターツカペレ、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管、フランクフルト放送響、ミュンヘン・フィル、ベルリン・ドイツ響、コンセルトヘボウ管、ロッテルダム・フィル、ロンドン・フィル、エイジ・オブ・エンライトメント管、スカラ座フィル、ローマ・サンタチェチーリア管、フランス国立リヨン管、シャンゼリゼ管、スイス放送響、オスロ・フィル、ロイヤル・ストックホルム・フィルなどがある。北米では、フィラデルフィア管、ロサンジェルス・フィル、シカゴ響、ミネソタ管、アトランタ響、バルティモア響、ヒューストン響、トロント響などに客演している。
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日本のオーケストラへの客演は、2006年4月に東京フィルでマーラーの交響曲第2番を指揮したのをはじめ、2007年に急病の金聖響の代役としてベートーヴェンの交響曲第9番で新日本フィルを指揮、2008年2月にも東京フィルでマーラーの交響曲第6番、チャイコフスキーの交響曲第5番ほかを指揮した。また、2008年12月には新日本フィルを再び指揮し、翌09年3月には同フィルの定期に初登場することが決まっている。
ダニエル・ハーディングのオペラでの活躍もデビュー当初から華々しい。エクサン・プロヴァンス音楽祭では1998年の初登場以来、ピーター・ブルックの演出によるモーツァルトの《ドン・ジョヴァンニ》、リュック・ボンディ演出によるブリテンの《ねじの回転》、パトリス・シェロー演出のモーツァルトの《コジ・ファン・トゥッテ》、ペーター・ムスバッハ演出によるヴェルディの《椿姫》のほか、チャイコフスキーの《エフゲニ・オネーギン》、ベルクの《ヴォツェック》、モーツァルトの《魔笛》、《フィガロの結婚》などを指揮している。2002年には、フランス政府から芸術文化勲章シュヴァリエを受けた。また同02年は、モーツァルトの《後宮からの誘拐》でバイエルン歌劇場、《ねじの回転》でコヴェント・ガーデンとエディンバラ・フェスティヴァルに初出演した。
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2005年にはミラノ・スカラ座のシーズン・オープニングに登場し、モーツァルトの《イドメネオ》で大成功を収めた。2006年にはアン・デア・ウィーン劇場で《魔笛》、ウィーン芸術週間で《コジ・ファン・トゥッテ》、ザルツブルグ音楽祭で《ドン・ジョヴァンニ》を指揮した。2007年にはスカラ座でシュトラウスの《サロメ》、ザルツブルク音楽祭で《フィガロの結婚》、ロンドン響とはブリテンの《ビリー・バッド》を指揮している。
ダニエル・ハーディングのレコーディングは、まずヴァージン・クラシックス/EMIとの10年以上におよぶ関係のなかから、ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンを音楽監督として指揮した《ベートーヴェン:序曲集》と《ブラームス:交響曲第3番&第4番》をはじめ、マーラー・チェンバー・オーケストラを率いては、エクサン・プロヴァンス音楽祭からモーツァルトの《ドン・ジョヴァンニ》、ブリテンの《ねじの回転》、《マーラー:交響曲第4番》の録音がリリースされる度に大きな注目を集めてきた。
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また、同時代のソリストたちとの共演にも意欲的で、ルノー・カプソン(ヴァイオリン)をソリストに迎えた《フランス・ヴァイオリン名曲集》や《メンデルスゾーン&シューマン:ヴァイオリン協奏曲》、ゴーティエ・カプソン(チェロ)の《ハイドン:チェロ協奏曲集》、ボストリッジ(テノール)らの独唱によるブリテン作品集や、ルストワフスキのアルバムなども同レーベルからリリースされている。また、2005年にはニコラ・ベネデッティ(ヴァイオリン)のサポートでシマノフスキの協奏曲ほかでロンドン響を指揮し、ドイツ・グラモフォンにレコーディング・デビュー。
2006年秋にドイツ・グラモフォンと専属契約を結ぶと、2007年10月にウィーン・フィルと録音したマーラーの交響曲第10番(クック版)がその始まりとしてリリースされた。今後もハーディング独自の野心的なアイディアが展開される模様だ。2008年1月に録音されたパトリシア・プティボン(ソプラノ)のモーツァルト・ハイドン・グルックのアリア集では、コンチェルト・ケルンを指揮している(2008年10月22日国内盤発売)のをはじめ、これからも多彩なリリースが期待される。
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